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ディジタル録音の歴史について(2)
▼DN-023R
ディジタル録音の歴史は、プロレコーディング仕様のディジタル・マルチトラック・レコーダーに深く関係しているので、一般にほとんど知られていないディジタル録音機もあり、非常にややこしくなります。
1972年、日本コロムビア(DENON)が世界初の実用型PCMレコーダー『DN-023R』を開発に成功しました。
日本コロムビアの『DN-023R』は、試作品ではなく実用型で販売されたので、世界初のデジタル録音はデノン(当時の名称ではデンオン)と言われています。
『DN-023R』のレコーダー部は、当時の2インチVTR(回転ヘッド・バーティカルスキャン)を改造して使用しており、PCMプロセッサー部の標本化のサンプリング周波数は、47.25kHzで、量子化は13ビット直線で8チャンネルのマルチチャンネルレコーダー仕様でした。

日本コロムビアが、早期からPCMレコーディングを研究し、『DN-023R』を完成させることができたのは、当時、ディジタル録音を研究していたNHK(日本放送協会)との関係が深かったと言われていますが、正確な情報がなく真実は分かりません。
『DN-023R』は、非常に高価な特殊な業務用製品で、一般に使用される製品とはいえませんが、実用型として本格的なディジタル録音時代への幕開けになった製品第一号だといえることは間違いない事実だと思います。
その意味でも『DN-023R』は、ディジタル録音の歴史的に日本コロムビアが誇れる製品だといえます。
『DN-023R』の中には、アナログデバイセズ社製の12bitA/Dコンバータ(12bitDACに外付け1bitDACと比較器とサンプルホールドで構成したA/D回路)が採用されており、当時レーダーなどに用いる軍事用で、数百万円もする高価なものだったといわれています。
実際、アナログデバイセズ社製の12bitA/Dコンバータが、そこまで高価であったのか分かりません。
メーカーとして、新しいディジタルレコーディング方式の機器を商品化するとはいえ、そこまで高価なディバイスを採用するとは信じられないからです。
真実は、当時『DN-023R』の開発にかかわった人たちに直接確認するしかなさそうです。
音声をディジタル記録する方式に『PCM』(pulse code modulation)を使用したのは、日本コロンビアが最初であったと言われています。
他社も、日本コロンビアの『PCM』の名称に並んで『PCM』の名称を利用するようになったそうです。
▼X-80
1980年に三菱電機が、サンプリング周波数が50.4 kHzでCDよりも周波数特性が優れたディジタル2トラックレコーダーX-80を発売しました。
三菱のマルチトラックレコーダーのX-80は、一般にほとんど知られておらず、初期のディジタル録音機として、既に量子化16bitとサンプリング周波数に50.4 kHzを選んんでいたことに驚きを隠せません。
この50.4 kHzのサンプリング周波数は、三菱電機のサンプリング周波数による音質の研究から導き出されたものだと考えられます。
三菱のディジタル録音機が、他のディジタル録音機より先立って音質に拘っていたことが伺えます。

面白いことにこのマルチトラックレコーダーのX-80のサンプリング周波数が、50.4 kHzであるのにかかわらず、不思議なことに再生周波数特性はCDと同じ高音が20kHzまでしかありません。
サンプリング周波数が、50.4 kHzであると理論的に半分の25.2kHzまで高音が伸びるのですが、20kHzで止めているのは、高音再生帯域以上に三菱の技術者は音質的な要因を考えているのか、実際には25.2kHzまであるのに20kHzまでしか保証していないのかどちらかになります。
このことはマルチトラックレコーダーのX-80の開発者、あるいは詳しい人でないと本当のところは分かりません。
この三菱のマルチトラックレコーダーX-80でマスターを製作したCDの音を聴くと、CDの規格の44.1kHzに変換されているにもかかわらず、音質が大変良いように感じられます。 (正確にはこのX-80でマスターが製作されたとういことは不明ですが、サンプリング周波数が、50.4 kHz三菱のマルチトラックレコーダで録音された音源のCDのことを言っています。)
もしCDのサンプリング周波数の規格が、44.1kHzでなくて三菱のX-80と同じ50.4 kHzになっていれば、CDの音質のイメージはもっと(評価された)違ったものになったものだと思います。
この辺は、ディジタル録音機の規格で三菱が指導権を握れなかったこと、当時の三菱が新しい光メディアのCDの開発に乗り出さなかったことにに起因しているものだと思います。
でも、当時の三菱が新しい光メディアのCDの開発に乗り出していたとしても、対抗のソニー&フィリップスは光メディアにかけては他を一歩リードしていたので、三菱のディジタル規格を標準化させることはできなかったものだと思います。
三菱のマルチトラックレコーダーのX-80の量子化16bitとサンプリング周波数を50.4 kHzの規格は、音質的に優れていましたが、標準規格化できなかったために三菱のディジタル録音機の性能が優れていながら歴史的に埋もれてしまった大変残念な製品だったと思います。
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ディジタル録音は、理論的にサンプリング周波数を上げれば上げるほど高域特性が良くなるので、再生周波数レンジが上がります。
再生周波数レンジを広くとると理論的には音質が向上するのは間違いないのですが、どのように周波数レンジを広くしても、再生するスピーカーなどの機器が対応できないので、何処かで妥協しなければならなくなります。
また、サンプリング周波数を上げるには高速のICなどが必要になることも含め、物理的な限界も存在し、闇雲に上げることはできません。
それ以上に重要なのは、人が倍音成分を含め音を感じる範囲を正確にサンプリングして、正確に戻すことです。
人が倍音成分を含め音を感じる範囲について、多く研究がされていますが、耳以外の体から音を感じるなどと言う研究などもあり、完全な結論が出るには至っていません。
結局各メーカーの実際の研究から、製作コストと音質を考えて妥協した最良のサンプリング周波数を決めることになります。
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ディジタル録音の歴史について(3) つづく