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MDR-CD900STにおけるオーディオ精神
私は、S社のスタジオ・モニターヘッドホンMDR-CD900STを大変評価しています。
MDR-CD900STの解像度と音質クオリティが高いという理由もありますが、そのようなことだけで評価しているのではありません。
MDR-CD900STが発売された当初は、DR-CD900STの解像度と音質クオリティをもつ明快な音に驚かされましたのも事実ですが、現在ではMDR-CD900STと同じぐらいのクオリティのもつヘッドホンは市場に多く存在しているので、音のクオリティだけでMDR-CD900STを過大評価することは難しくなっているのが現状だと思います。

MDR-CD900STを最も評価している理由は、MDR-CD900STの音や音質ではありません。
もちろんMDR-CD900STの音質が良いというのは、素晴らしいことで評価できますが、それだけでは他のヘッドホンでも評価できるものも多くあります。
私が、S社のMDR-CD900STを大変評価している理由は、MDR-CD900STを製作段階にある、ものづくりとしてのオーディオ精神にあります。
MDR-CD900STは、設計してから試作品を何個も作って、製品の音をいろいろな人から何度も何度も確認して使用部品の素材を変更したりして、丁寧に製品を仕上げていったと説明されています。
MDR-CD900STを製作するのに、良い物を製作しようというエンジニア達の真剣な志があり、MDR-CD900STにはオーディオ精神というものが感じられます。
良いオーディオを製作するには、設計だけでは不可能で試作品を何度も何度の調べて音を調整する必要があります。
試作品を何度も何度も調整して製品を仕上げていくにには、費用と時間と大変な労力がかかり忍耐が必要となります。
製品を手元の近くで綿密に調整していき製品として仕上げていく上で大切なので、MDR-CD900STが『made in Japan』であることは大変意味があると思います。

現在の日本の大企業のオーディオ製品でMDR-CD900STを製作したのと同じようなで製作方法で製品を開発・製造されたものは皆無に等しいように思われます。
現在の国内の大企業は、グローバル化優先の合理性と利益のみを追求することが重視されているので、MDR-CD900STを製作した時代と同じような方法で製品を開発することは出来ないでしょう。
海外で製作したものをMDR-CD900STと同じぐらいに調整して開発することになるとコスト的に採算が合わないので、かつてと同じような方法では製品を製作ることは出来ないと考えられます。
現在のS社にMDR-CD900STのように優れた製品を製作しようと気持ちがあれば、MDR-CD900STのような製品あるいはそれ以上の製品の開発は可能かも知れませんが、音質の良いメモリーカードという怪しい製品を堂々と販売しているようでは可能性は低いように思います。
どのような高度な技術を持っていても、そこに良い製品を生み出そうという真剣な精神がなければ、良い製品が誕生させるなどありえないことです。
現在の日本の大手の家電オーディオメーカーには、グローバルを優先するあまり良い製品を生み出そうというオーディオ精神というものが欠けているように思われます。

MDR-CD900STは、日本企業にオーディオ精神が存在した時代の化石的に残ったオーディオ製品になると思いますが、MDR-CD900STを手にとって頭にかけ音楽を視聴してみることで、この製品のモニターリングの音のかけたエンジニアたちの情熱が伝わってくるでしょう。
MDR-CD900STは、現在では数少ない日本のエンジニアたちのオーディオ精神の入った本物の製品だと思います。
その意味でMDR-CD900STは、現在、数少ない本物の価値ある逸品といえるのではないでしょうか。